☆食堂かたつむり

食堂かたつむり

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☆小川糸

ポプラ社

●はじめはすーと読み進める事ができたのにお話が進んでいくにつれてそこに込められた言葉をかみしめながら読んでいく。お話に散りばめられた言葉が自分に染み込んだり、考えたり。
自分に作れそうにないお料理ばかりだが想像力が広がって、完成した料理を知っている記憶を寄せ集め頭の中で再現してみる。
一番、食べたかったのはザクロカレー。
お料理することが楽しくて時には背筋を伸ばして向き合う!…何事にも根底には愛なんですね。
帯にスピッツ草野マサムネさんのオススメコメントがきっかけで読もうと思った本です。

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『オレンジ・サンセットの国』2/6

石のおかげかサヨの熱はケロッと下がってしまったのです。胸も苦しくありません。サヨはすぐに『オレンジ・サンセットの国』へ行かないといけないと思いました。『オレンジ・サンセットの国』は地図にも載っていないので大人でも知りません。でも、行き方は石が教えてくれます。『オレンジ・サンセットの国』へ行くには特別なちょっとしたやり方があるのです。
夜になってからコップに水をいっぱいにして夜空の月をコップの中に落とします。月をコップに落とすには0:00に透明なコップを月にかざして「オレンジ・サンセット。オレンジ・サンセット。オレンジ・サンセット。」と3回言います。そうすると月はコップの中にコトリと落ちて、次の瞬間サヨの耳の中にある石の中にポトンと落ちます。石はその時、カラカラと音をたてます。これが『オレンジ・サンセットの国』の鍵となるのです。
その夜、サヨがうとうとし始めた頃、石がサヨにだけ聞こえる小さな小さな声で歌い始めました。

♪夕焼け、小焼け。オレンジ・サンセットの国の空はどんな色?
きれいな、きれいなオレンジ色。空に浮かぶはオレンジ・サンセット。
オレンジ・サンセットの国は懐かしい国。
オレンジ・サンセットの国は時間がピタリと止まる国。
オレンジ・サンセットの国は好きな人の顔が思い浮かぶ国。

そして、小さな小さな声は続けて又歌い始めました。

♪夕焼け、小焼け。オレンジ・サンセットの国はどんなとこ?
きれいな、きれいなオレンジ色。夕日が西に沈みます。
オレンジ・サンセットの国は夕日のオレンジと同じ色。
オレンジ・サンセットの国はインディゴ空も混ざってる。
オレンジ・サンセットの国はオレンジとインディゴの混ざり合った国。

その小さな小さな声はさらに又歌い続けます。

♪夕焼け、小焼け。オレンジ・サンセットの国はどう行くの?
きれいな、きれいなオレンジ色。夜のインディゴと混ざり合う時。
オレンジ・サンセットの国は風がピタリと止まるとき。
オレンジ・サンセットの国はサカリの野良猫「ねう!」と鳴く。
オレンジ・サンセットの国は月の鍵でその扉が開く。

サヨは小さな小さな声の歌を聞きながら、その歌を繰り返しながら眠りに落ちていきました。

翌朝、目が覚めるとサヨはすっかり元気になっていました。念のためレントゲンをとりましたが昨日の胸の写真とうってかわってきれいな胸の写真であったようで病院の先生は首をかしげながら「退院しても大丈夫でしょう。」と言いました。元気になった子どもに入院は必要ありませんからね。ですから、その日の朝にはサヨは退院して、自分の家に帰りました。お母さんはまだ心配していて、サヨの世話をいろいろ焼いてくれます。サヨはおとなしくして、お母さんの言うことを素直に聞いていました。だって、サヨは夕方に『オレンジ・サンセットの国』へ行こうと思っていましたからお母さんがこれ以上心配しないように気をつけなければなりませんでした。
サヨは夕方『オレンジ・サンセットの国』へ行くために昨夜聞いた小さな小さな声の歌を何度の頭の中で繰り返しました。後は夕焼けを待つだけになりました。
夕方になる少し前北海道の出張先からお父さんがサヨのことを心配して帰ってきてくれました。お父さんだってお母さんと同じくらい娘が心配でしたからね。サヨも心配して帰ってきてくれたことがうれしくてショウちゃんに会って、遊んだことをお父さんに話しました。そんな風にお父さんと話しているうちに夕日は完全に沈んでしましました。朝からあんなに待っていたのになんということでしょう。石がぴくりと動いた気がします。明日は絶対なにが何でも『オレンジ・サンセットの国』へ行かないといけません。サヨは強く心でそう誓いその日は眠りにつきました。
サヨは次の日「学校に行く。」と言い張りました。そうすればお父さんは出張先に戻り、お母さんも仕事に行くだろうと思ったからです。そうすれば夕焼けの時間にサヨひとりになれるわけです。顔色もよくなった娘の登校をお母さんはしぶしぶ承知しました。お父さんも週末まで家にいるつもりでしたが緊急な仕事が入ってしまい、その日北海道へ戻ることになりました。今日までにショウちゃんに心臓を返さないといけないので今日は『オレンジ・サンセットの国』に行かないといけません。サヨは学校に行って、家に帰ってくると今回は用心深くその時間を待ちました。その日はすべてがうまくいき、『オレンジ・サンセットの国』の扉が開く夕方までにうまく時間が流れていきました。少し余裕もでてきたのでサヨはショウちゃんに何かおみやげでも持っていこうと思いつき考えました。ショウちゃんは何を持っていったら喜ぶでしょうか?サヨはショウちゃんの好きなものを考えます。好きな食べ物はお母さんのつくるパンケーキ。大切な宝物はビー玉。好きな色は緑色。
サヨもお母さんの作るパンケーキが大好きです。お母さんはいつもパンケーキを作るときに「パンケーキの歌」と言いながらパンケーキの歌を歌いながら作ってくれました。サヨとショウちゃんはいつもお母さんになんの歌を歌っているの?と聞くとお母さんはいつも決まって「パンケーキがおいしくなる魔法の歌よ。」と言います。だから、サヨとショウちゃんはお母さんが本当は魔法使いじゃないかしら?といつも思ったものです。お母さんの歌うパンケーキがおいしくなる魔法の歌はいつも違っていました。サヨとショウちゃんが知っている限り同じ歌がなかったと思います。お母さんの作るパンケーキはいたって簡単それなのにとびきりおいしいのです。
お母さんの作るパンケーキはボールに卵を割って、お砂糖を入れてシャカシャカシャカシャカかき混ぜます。小麦粉をさらさらにして、卵と一緒にまたかき混ぜます。最後に銀色の粉をパラリと一振りします。「それなあに?」といつもサヨとショウちゃんは聞きますがお母さんは「ふふっ。」と笑って、決まって「おいしくなる、星の粉。」と言いました。サヨとショウちゃんはいつも星の粉を入れるところが大好きです。キラキラ光るからとてもきれいなのです。フライパンをあたためて、パンケーキを焼きます。焼いているときお母さんはフッフッと息をやさしく2回吹きかけます。その後、決まってパンケーキはジュジュと答えて、おいしそうな焼き色がつきます。できあがったパンケーキにバターとメイプルシロップをかけていただきます。サヨはパンケーキを食べてから出かけようと思いました。だって、お母さんが作るパンケーキのことを考えていたらおなかがすごく空いてきたものですから。パンケーキは常に冷凍してたくさん作ってありましたからサヨは自分が食べる分をあたためて食べました。パンケーキは相変わらずとてもおいしいです。ショウちゃんの喜ぶ顔が浮かびます。サヨは早速パンケーキ4枚をバックの中に詰め込みました。次にサヨはショウちゃんが大事にしていたビー玉を探しました。ビー玉はガラスの透明の瓶の中に入っていました。サヨは瓶を開けて、ビー玉を取り出すと光にかざしてみました。ショウちゃんもビー玉をこんな風に光に当ててみていたな。その後、大事そうにビー玉の数を数えて、ガラスの瓶の中にしまっていました。サヨもビー玉を一つ一つ大切にガラスの瓶に戻して蓋をきちんと閉めました。次にサヨは緑色のものを探し始めました。なにしろショウちゃんは緑色が大好きでした。折り紙でもクレヨンでも緑色ばかり使いました。洋服も緑色が入っていないと着ませんでした。パジャマも靴も三輪車もショウちゃんの持っているものはすべて緑色でした。お父さんが運転する車もショウちゃんが緑色の車に乗りたいと言ったから買い換えたくらいですから。親というのは子どもの喜ぶ顔を見たいものですからお父さんは喜んで車を買い換えていました。サヨもショウちゃんがあんまり緑、緑いうものですからサヨもいつのまにか緑色が好きになっていました。女の子で緑色が好きだなんておかしいと誰かが悪口をいいましたけどサヨは気にしませんでした。緑色はショウちゃんの好きな色で葉っぱの色、草の色です。サヨはショウちゃんがいなくなってから葉っぱや草によく話しかけていました。緑色だからショウちゃんみたいだったのかもしれません。だから、その緑色のなわとびを見つけた時は飛び上がるくらいにうれしくなりました。緑色のなわとびなんてとこにでもあると思われるかもしれませんがその緑色のなわとびはちょっぴり特別です。その緑色のなわとびで跳ぶと野原の匂いがするのです。太陽の光を浴びた葉っぱや草の色が光っているように思うのです。サヨは緑色のなわとびで跳ぶと風になる気がするのです。
サヨはショウちゃんへのおみやげをしっかりとバックに詰め込みました。
サヨは空がまだ明るいうちからベランダに出て、空を眺めていました。心地よい風がサヨのほっぺにあたります。いよいよ、夕焼けがきれいに辺りの景色をオレンジに照らしはじめました。そのうち夜のインディゴが静かにやってきますと空はオレンジ色とインディゴ色の混ざり合う巨大キャンパスのようです。サヨはうっとりと空を眺めます。そのうち風がピタリと止みました。さっきまで草をついばむハトを狙っていたさかりの野良猫が「ねう!」と一鳴きするのを聞いた瞬間、オレンジ色とインディゴ色のコントラストの中間に『オレンジ・サンセットの国』の扉がうっすらと浮かび上がります。サヨはそっと手を伸ばして、触ろうとしますが触ることができません。急いで月の鍵を耳から取り出して、そっと差し込んでみると月の鍵がピカッと光って、右に半回転してカチャリと止まると辺りはオレンジ色に包まれました。サヨもオレンジ色に包まれました。

3へつづく

(『オレンジ・サンセットの国』・09/02/28・hiroc8)