☆ツグミのひげの王さま(グリム童話集2)

グリム童話集2『ツグミのひげの王さま』

☆大畑末吉*訳

偕成社文庫

●それがどんなに正しいことであっても人間とは人の忠告を素直にききいれることができないものなのかもしれない。特に傲慢さは自分でつらい体験しないと直らない。
愛はすべてを許し、包み込むものである。
このお話は好きです。


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『オレンジ・サンセットの国』1/6

皆さんは『オレンジ・サンセットの国』って知っていますか?
今、私たちが生きている世界では会えることのない死んだ人間が住んでいるという国のことです。『オレンジ・サンセットの国』に行くと懐かしくて、せつないなんともいえないくすぐったい気持ちになるそうです。そして、すべてがオレンジ色からなるとてもきれいな場所だそうです。あまりにも美しい夕焼け色のオレンジの世界だからいつしか『オレンジ・サンセットの国』と呼ばれるようになったそうです。
でも残念なことに『オレンジ.サンセットの国』へ行ったという人にあったことがありません。それは『オレンジ.サンセットの国』へ行って、帰ってきた人はいないからだと言います。行ったことのある人は行き方がわかるとすぐに『オレンジ.サンセットの国』へ行ってしまい、帰ってこなくなってしまうからです。『オレンジ.サンセットの国』はそれはそれは美しく、帰ることを忘れてしまうともいいますからね。
ここで私が聞いた『オレンジ.サンセットの国』へ行った女の子の話しをしましょうか。

その女の子の名前はサヨといいました。サヨは小学5年生の女の子です。

4年前に5歳下の弟を肺炎で亡くしました。弟の名前は正直(ショウジ)といって、サヨは弟のことをショウちゃんと呼んでいました。ショウちゃんが亡くなったのはようやく「サヨ。」と姉の名前を呼べるようになった矢先の出来事でした。お母さんのことよりもお父さんのことよりも「サヨ。」とショウちゃんは呼んだのです。サヨというよりはタヨという風に聞こえましたがなにしろショウちゃんはサヨのことを呼びたかったのですから聞こえ方はどうでもいいのです。その時、サヨはとてもうれしかったのをよく覚えています。でも、次の日からショウちゃんは高い熱を出して寝込んでしましました。風邪だろうと思ったお母さんは風邪薬を飲ませて、解熱剤の坐薬を使って様子を見ることにしました。その日は金曜日でした。日曜日になってもショウちゃんの熱は下がりません。お母さんは心配になり、月曜日の朝にいつも診てもらっている小児科へ行きました。先生はすぐに入院した方がよいと診断して、大きな大学病院に紹介状を書いてくれました。大学病院で診てもらうとそのまま入院することになりました。レントゲンをとって、血液を採り、検査をいくつか行いました。その結果、ショウちゃんは肺炎であると告げられました。お母さんのお父さんつまりサヨのおじいちゃんもサヨが3歳の時に肺炎で亡くなっています。だから先生の話を聞いて、お母さんは泣き出しました。肺炎がとてもこわい病気であることを知っていたからです。おじいちゃんもはじめは風邪だと言われて風邪薬を飲んでいました。一週間経っても良くならないので再度病院へ行きましたらもう手遅れでその日のうちにおじいちゃんは亡くなってしまいました。ショウちゃんは入院したその日は熱も少し下がり、安定したように思いましたが次の日再び高熱が出て、そのまま帰らぬ人となったのです。
ショウちゃんが亡くなって、4年目の同じ2月にサヨも肺炎になりました。お母さんは熱が出るとサヨをすぐに病院に連れて行きました。ショウちゃんのことがあったからです。サヨはそんな心配性なお母さんに少々うんざりしていて、少しぐらいの熱が出ても具合が悪そうにしないように気をつけていました。だから、今回も少しがまんをしていたのです。それにお母さんは働いていましたから娘のこんな様子に気がついたのはサヨが熱を出してから3日目だったのです。慌てて、救急車を呼んで救急病院で診てもらうと「今夜が山ですね。非常に危険な状態です。」と病院の先生は言いました。なんでこんなことを知っているかと言うとサヨはお母さんと先生のやり取りをこの時、上から眺めていたのです。おかしいと思われるかもしれませんがサヨは確かにその時ベットに横たわる自分を見下ろしながらお母さんと病院の先生の会話を聞いていたのです。自分の熱い体を感じるととても息苦しくなるためどこかに逃げ出したいと強く思っていたら自分を見下ろす病室の天井に浮かんでいたのです。天井に浮かぶ自分はそんなに悪くもなく、苦しい気持ちがなくなるからなかなか快適でした。でも、あの胸の苦しさはもうすぐ自分が死ぬだろうと漠然とベットに寝ている自分を見下ろしながら思っていました。
そのうち意識がとろんとしてきてうつらうつらしていましたら現実だか夢だかわからないいつも熱が出ると必ずみる夢の中のその場所に立っていました。そこはいつもとても怖くて、自分を押しつぶそうとするものが存在する場所です。そんな場所で今日はサヨを呼ぶ声が聞こえてきました。その声は懐かしくてとてもやさしい聞き覚えのある声です。声がだんだん大きくなり、近づいてくるにつれてサヨはその声が弟のショウちゃんの声だとわかりました。「サヨ、サヨ。」とショウちゃんは呼んでいます。声のする方を見ると目の前に男の子が立っていました。ショウちゃんです。ショウちゃんはなぜか死んでからちゃんと成長しているみたいで背も伸びて、大きくなっていました。
サヨは熱があるにも関わらず、ショウちゃんの声に「はい。はい。」と一緒に遊んでいた頃みたいに答えていました。さらにショウちゃんは「サヨ、遊ぼう。」と誘います。サヨはとろんとした目で「うん、うん。」とうなずくとふいに耳の中に何かあたたかいものがコロンと落ちる音が聞こえました。その瞬間、辺り一面がオレンジ色になったのです。サヨはオレンジ色のあたたかい森の中にいました。体がスーと軽くなって、さっきまでのけだるい感じもなくなり、元気に体を動かしたくてしょうがありません。
ショウちゃんの「サヨ、遊ぼう。」と呼ぶ声が再び聞こえてきて、うれしそうにサヨのことを誘います。元気になったサヨはショウちゃんに誘われるまま自分も遊びたいと思いました。二人は何して遊ぶか相談します。かけっこ、鬼ごっこ、かくれんぼ、石蹴り、なわとび、てまり、おままごとなどサヨの知らない遊びもどこで覚えたのかショウちゃんは教えてくれました。なんて楽しいのでしょう。たくさん遊んでそんな風に思っていたら「サヨちゃん!」とお母さんの呼ぶ声が聞こえてきました。その瞬間、病院のベットの上でサヨは目覚めたのです。意識はもうろうとしていたのでさっきまでオレンジ色の森で遊んでいた感覚が強く、「ショウちゃん、ショウちゃん。」とサヨは呼んでいました。その声にお母さんはとても心配そうにサヨをのぞきこみます。お母さんにショウちゃんと会って遊んだことを話すと「お熱のせいで夢をみたのね。」と心配そうに笑いました。
でも、夢なんかじゃありません。耳の中にオレンジとインディゴの混ざり合ったまるい石が入っていましたから。不思議なことにこの石を耳の中に入れるとトクントクンと小さな規則正しい音が聞こえてきました。トクントクンという音を聞いていたらサヨはなぜだかすべてがわかったのです。この石はショウちゃんの心臓の音がするんだと。ショウちゃんはサヨに心臓を貸してくれていたのです。だから、サヨはさっきショウちゃんと元気に飛んだり、跳ねたり遊びまわることができたのです。先ほどショウちゃんと遊んだ森は噂で聞いたことのある『オレンジ・サンセットの国』じゃないかとサヨはその時思いました。『オレンジ・サンセットの国』の中で住人の心臓を借りるとその国で呼吸ができて、その国で生きることができると確か聞いた気がします。それは『オレンジ・サンセットの国』の中であれば有効であり、サヨがこちらにショウちゃんの心臓と戻ってきてしまった今『オレンジ・サンセットの国』でもショウちゃんは死んでしまうに違いありません。サヨにはなぜだかそのことがすべてわかりました。そして、この石を3日以内にショウちゃんに返さないといけないことも。

2へつづく

(『オレンジ・サンセットの国』・09/02/28・hiroc8)